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  • 執筆者の写真oishi mai

鹿児島、5日間の記録

あっという間に帰省終了。


久しぶりの療育施設、子どもたち相手に公園で駆けまわる日々。


心が洗われた・・✨

大変なこともあったけれど、子どもたちが本当にかわいかった。

長いけれど、感じたことを書いておく。



🍀1日のスケジュール🍀

8時過ぎホテル出発、母を乗せて午前組の児童をお迎え。

9時半開所、お出かけ準備をして、10時過ぎには公園へ。

11時半ごろ戻り、お弁当を食べさせながら自分もお昼。連絡帳に記入して帰りの準備。

12時半に送迎。

いったん戻って個人記録を書き、13時半前には午後組をお迎え。


14時開所、公園、おやつ、連絡帳、17時送迎。

戻って掃除、除菌、個人記録。

18時半ごろに終了。

まとまった休み時間はほとんどなし。



それでも楽しめたのは"子ども1人につきスタッフ1人"の体制が大きい。

素人の私が出来ないことも、ベテランスタッフの方々がフォローしてくれるのだ。


障害があり生きづらさを抱えている子どもだからこそ、

1人ひとりが何に反応し、喜び、楽しんでいるか、丁寧に見ていきたい。

これは施設のポリシーで、開所からずっと1対1体制を貫いている。

個人記録を書きながら、スタッフみんなで子どもの様子を情報交換する。時には方向性を決める。

小さな事業所だからこそ出来ることだ。



こんな事があった。

公園でおたまじゃくしをいっぱい捕まえた子が、施設に戻って工作を始める。おたまじゃくしを描いている。

「うみー」とつぶやく。さりげなく、スタッフが空き箱を海に見立てる。

子どもは目を輝かせて箱を海の色に塗り、いろんな生き物を描いては切り、泳がせ始める・・・


子どものつぶやきをキャッチして、やりたい!の気持ちを形にしていく。

主体性を尊重しながら、少しだけ創造性をふくらませたりして。



ここではみんなが違っていい。

帰りのあいさつは、声はかけるけれど、したくなければ強制しない。

スタッフみんなで「さようなら」と言っている時に、走り回っている子もいる。


そもそも集団行動が苦手な子が多いのだ。

大事なことは、出来ないことを無理矢理できるようにさせることじゃない。

集団行動は、小学校にあがればその後の何年も、嫌でもやらなきゃいけなくなる。


それなら今は、とにかく砂に触れ、水に触れ、駆けまわり、想像し、創作し、遊びこむこと。

自分はこれでいいんだと思える基礎をつくること。主体性を育むこと。

そのために、寄り添うこと。



こんな事もあった。

メルヘン館という公共施設に行った時のこと。

スクリーンにはネコのアニメが流れていた。

子どもたちは席に座って集中して見ていた。

最後の最後。2人の子どもがスクリーン前のスペースに歩み寄った。


1人は私が担当していた子どもだった。

背後の席には、他の園から来た観客もいた。私はさりげなく、その子を元の席へ促した。


もう1人の子は、前の床にぺたりと座り込んだ。スタッフが来た。

背中に手を回すと、背中を丸めて一緒に座った。その子は最後まで、その場でじっとスクリーンを見ていた。


ハッとした。

私はなぜ、あの子を元の席へ促したんだろう。

スクリーンは上部に設置してあったし、そこに座ったって後ろの観客たちが見えないことはなかった。


公共の場では、そうすることがマナーだから?

みんなが座っていて、場を乱してはいけないから?

子どもにはルールを教えなければいけないから?


じゃあなぜ、あの子は前に行きたかったんだろう。


もっと近くで見たかったのかもしれない。

近づいたら何が見えるのか、確認したかったのかもしれない。

それくらい、アニメに感動したのかもしれない。



私の対応が間違ってたとか、何が正しいとかを言いたいんじゃない。

あの時、あの子は何を感じていたんだろう。

私はあの子を、あの子自身を、見つめられていただろうか。社会の常識とか周りの目を優先していなかったろうか。


帰りながら、そんなことを考えた。

1人の子ども見つめることは、鏡のように自分を映すものでもある。

自分の中にある「こうあるべき」「普通はこう」という凝り固まった価値観。


大多数がそれらに適応していく中で、それに合わない子どもたちもいる。


みんなが違って良い。多様性を尊重する。


よく聞かれるようになった言葉だけれど、私たちは本当に、違いを受け入れる社会を生きているんだろうか。

何より私自身が、違いを受け入れる柔軟さを持ち合わせているだろうか。


床に座ってスクリーンを見上げる2人の背中が、今でも目に焼き付いている。



春はいろんな環境が変わる季節。

環境の変化が苦手な子どもたちは、荒れる。

時には泣いたり、噛んだり、唾を吐いたりもする。

母らの施設に来てから、不思議と保育園や幼稚園では"しっかり"過ごせるようになる子が多いそうだ。

そのぶん、ストレスがたまると施設では荒れる。


うちはたんつぼか?と母が笑う。

いいの、ストレスを吐き出す場所がないとね。乗り越える時がくるでしょ。

一瞬一瞬を見つめながら、成長を見守る長い目も必要なんだろう。


そしてその通りに、

まったく表情がなかった子が、笑うようになる。

言葉が無かった子が、話すようになる。

子どもが変わりましたと、保護者から連絡がある。


数年前に施設を手伝った時に「しんかんしぇん!」と連呼していた子が、今はおしゃべりになり、サッカーのクラブチームに所属していることを知った。



子どもたちはすごい。

どんな子どもも、ものすごい可能性を秘めている。

いわゆる"社会"にうまく"適応"できなくても、自分を認め、友だちを認め、好きなことが見つかれば、きっと幸せに生きていけるんだ。



いろんなことを学び、考えされされた5日間でした。



ありがとう、母🙌

50才過ぎて施設を始めて、たくさんの子どもと(ケガするほど)遊び、成長を見守る姿を見ると、私もまだまだ出来るぞ!という気持ちになる。


よし、また頑張るぞい!🙌



ちなみに鹿児島市の公共施設は、幼稚園・保育園・療育施設での利用はすべて無料なんだそうだ。メルヘン館も、水族館も🐟✨

市独自の取り組み。政治の出番だぞい!



写真は鹿児島市の障害者施設、しょうぶ学園の本。すごく素敵な施設なので、コロナ後に鹿児島を訪れた際は、ぜひ!


URLはこちら👇

https://shobu.jp


母との写真を撮ってくれたのは、鹿児島市の素敵な洋服屋さん、66(ろくろく)の定員さん✨

こちらも素敵なお店なので、訪れた際はぜひ!


FacebookのURLはこちら👇

https://m.facebook.com/phillip66kagoshima/?locale2=ja_JP





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